患者さんとご家族へのインタビュー

〜血友病と生きる私たちのいろんな気持ち〜

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INTERVIEW

手術や登校拒否の経験を乗り越え、
充実した日々を送っています。
勇氣さんは、生後8ヵ月のとき、血友病だと診断される。現在は都内の企業で事務の仕事を行っている。趣味はゲームや音楽ライブに参加すること。
血友病と生きる私たちのいろんな気持ち〜息子・中川勇氣さん(東京都在住/会社員)、母・中川美樹さん(東京都在住/主婦)
勇氣さんの母校の小学校で撮影。当時は入院することが多く、「自宅にいるよりも病院で生活していたほうが長いかもしれません」と話します。
患者さんインタビュー〜血友病と生きる私たちのいろんな気持ち
息子・中川勇氣さん
東京都在住
会社員
母・中川美樹さん
東京都在住
主婦

患者さんインタビュー〜血友病と生きる私たちのいろんな気持ち
取材前、階段を自力で降りる勇氣さんに「降りれるね!」と母の美樹さんがうれしそうに声をかけました。「うん」と勇氣さんが返事をします。そんな日常会話を交わす二人ですが、血友病に悩んだ時期はとても長かったといいます。これまでの道すじについてうかがいました。
小学校に入学して血友病であることを認識。
学校側の心配りで1階の教室を6年間使用しました
美樹さん:息子・勇氣がハイハイをしていた頃、体中に内出血の跡ができ、おかしいなと思っていました。でも、まさか血友病だとは一切考えていなかったのです。生後8ヵ月の定期健診で「問題があるかもしれない」と言われ、検査入院をして血友病だと診断されました。それからは、幼稚園や小学校の生活やお友達との関係を楽しんでもらいたいという親心はありながらも、「走り回っていないか」「出血していないか」という心配が常に生まれ、複雑な心境でしたね。

勇氣さん:幼稚園の頃から足首の出血を繰り返し、固定するために装具を着けていました。外出するときには自然に自ら装着していたので、僕は物心ついた頃には知っていたという感覚です。

血友病のことをはっきり認識したのは小学1年生です。当時は車椅子をほとんど常に使っていましたが、車いすでは小学校の2階や3階の教室に行けません。そこで学校側から「1階に会議用のスペースがあるので、クラスごと、机や椅子もそこへ移動させて、教室として使いましょう」と提案してくれたのです。これは印象的な出来事でした。

おかげで僕は車いすで教室に行って授業を受けられました。進級してクラスメイトが変わっても僕の教室は変わらず、その教室を6年間使わせてもらいました。
「小学生の頃は体を労るよりも遊びたい気持ちのほうが強く、出血を気にしすぎることはなかったです(笑)」と勇氣さん。
「小学生の頃は体を労るよりも遊びたい気持ちのほうが強く、出血を気にしすぎることはなかったです(笑)」と勇氣さん。
血友病とともに生きるとは何だろう?
手術や登校拒否を経験した日々
美樹さん:小学校時代、膝の出血で入院することが多く、小学4年生のときに血友病に詳しい整形外科医を紹介していただきました。滑膜があると膝関節のなかでこすれて出血しやすいため、滑膜を除去することにしました。小4で右膝を、中1で左膝の滑膜除去手術を受けました。

勇氣さん:小学、中学のときは車いすを使っていましたが、術後から膝の出血が減って、歩く機会が徐々に増えていきましたね。

美樹さん:かわいそうだったのは、進学する中学を選んだときです。通常、小学校時代のお友達が進む中学校は階段が多く、また通学路にも坂があったので、別のバリアフリーの中学校を選んだのですが、勇氣が結果的にいわゆる登校拒否になってしまったのです。

勇氣さん:知らない子ばかりで、僕は車いすに乗っているから「一緒に校庭へ出て遊ぼう」という機会がなく、友達がつくれなかったのです。あるとき、クラスメイトが「なんで車いすに乗ってんの? あの子ずるい」と僕のことを話していたり、あとは当時服用していた製剤の副作用により頭皮が荒れていたので、それを指摘する言葉が聞こえたりして、精神的にしんどくなり、中学校に行けなくなってしまって……。そういった理由からなのか、腎臓などから出血して病院に行ったこともありました。今思えば、あの頃が一番つらかったかな。
「勇氣が小学生のとき、親としては『走っちゃだめ』『やっちゃだめ』と言いたくはなかったのですが、どうしても出血の可能性が頭にありました」と美樹さん。
「勇氣が小学生のとき、親としては『走っちゃだめ』『やっちゃだめ』と言いたくはなかったのですが、どうしても出血の可能性が頭にありました」と美樹さん。

サマーキャンプや勉強会への参加で
自分の世界がぐっと広がった
勇氣さん:学校ではそうしたつらい経験もありましたが、楽しい出来事もありました。小学5年生のとき、病院主催のサマーキャンプに参加したのです。僕はそれまで、キャンプや学校行事、修学旅行などにあまり参加できていなかったので、遠くに行って野外でいろいろな経験をしたのが新鮮でおもしろかったですね。

美樹さん:担当医の先生や看護師さんたちも参加されるので、安心して送り出しました(笑)。

勇氣さん:今は参加者兼スタッフという立ち位置で関わっています。2018年には年配の男性がお孫さんと参加され、子どもから70代の方まで幅広い層が参加しています。知っている顔がたくさんいるので、親戚のようですね。夏の楽しみの一つです。

また、同じ血友病患者である鈴木幸一さんから「勉強会を手伝ってくれない?」と誘っていただき、今スタッフとして関わっていることも楽しいです。例えば、みんなでテーマや企画を話し合い「福祉車両を実際に見に行こう!」と決めて実行することや、知らなかった世界が見えてくるところがおもしろいなと思っています。勉強会は年に2回ほど開催しています。2017年には、「車いすでも健常者と同じようにディズニーランドを楽しめるか」というユニークな企画を実施しました(笑)。
小学3年生で初めて自己注射をしたという勇氣さん。「初めてのときは躊躇して、1時間弱、なかなか刺せませんでした」と話します。 (中川さんよりご提供)
小学3年生で初めて自己注射をしたという勇氣さん。「初めてのときは躊躇して、1時間弱、なかなか刺せませんでした」と話します。 (中川さんよりご提供)
現在は仕事や趣味に打ち込む毎日。
今、同じ血友病患者さんに伝えたいこと
勇氣さん:仕事は週3回、パソコンで音声や動画をチェックする仕事をしています。体調に合わせて勤務時間などを配慮してくださる職場で、ありがたいです。現在は週に2回注射を打ち、何かあれば追加で打つスタイルです。車いすと松葉杖は自宅に常備していますが、使わずに普通に歩いています。

今の生活は充実していますよ。高校で同じ趣味を持つ友達ができて、その頃から自分の足で出かけて友達と遊ぶようになったのです。好きな声優歌手がいて、夜行バスに乗って全国各地のライブに出かけるのが趣味の一つです。

美樹さん:ちゃんと製剤を持たせて(笑)。影響されて私まで大好きになってしまい、二人でライブに出かけることも多いです。

勇氣さん:こうして楽しんでいる今だから言えることですが、もし血友病により悩んでいる方やご家族がいらっしゃれば、本人の意思を尊重してほしいなと思います。「血友病だから安全に」と思う気持ちもよく分かるのですが、現在では止血の製剤が進歩し、治療の選択肢が変わってきています。だからこそ本人の意思を尊重し、行きたいところには行かせて、やりたいことはやらせてあげるのがいいと思います。
勇氣さんは、3年前に左腕を切断の可能性も出たほどの出血をし、2年前には右腕の骨折を経験。手術療法と新しい製剤により止血したそうです。「奇跡的に動くようになりました」。
勇氣さんは、3年前に左腕を切断の可能性も出たほどの出血をし、2年前には右腕の骨折を経験。手術療法と新しい製剤により止血したそうです。「奇跡的に動くようになりました」。

取材後記

勇氣さんと美樹さんの仲が良く笑顔でお話ししている姿や、母校の小学校の教室を懐かしむ様子が印象的でした。10代のときにつらい経験をした勇氣さんの優しいまなざしに、励まされる人は多いのではないでしょうか。貴重なお話をしていただき、有難うございました。
(注)本インタビュー内容および写真の当ウェブサイトへの掲載については、書面にてご両名の承諾を得ております。
<シャイアー・ジャパン株式会社 2019年3月>
写真:橋本裕貴 文:小久保よしの
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