患患者さんとご家族のための血友病情報誌「ファイン」 Vol.8

小学6年生の患者さんとご家族の体験談

自己注射を頑張って、野球をめいっぱい楽しんでいます

 赤城一心(あかぎ かずし)さんは、大好きな少年野球に汗を流す小学校6年生です。ご家族とクリニックの皆さまに温かく見守られ、スポーツに勉強に日々精一杯頑張っています。1歳で第Ⅷ因子欠乏症(血友病A)とわかり、小学校3年生から自己注射を始めました。それ以来、自己注射も輸注記録もしっかり自己管理しているそうです。

 今回は福島県会津若松市の「いいづかファミリークリニック」に伺い、一心さんとお母さまからお話をお聞きしました。

1歳の時に血友病と診断されました

――― 血友病と診断された時のことを教えてください。

母:1歳の時、何かのきっかけで転んで歯肉から出血し、しばらくしても血が止まらなかったので救急病院へ搬送されました。それでも出血が止まらなかったため、こちらのクリニックを受診し、血友病と診断されました。

――― その頃はどのような治療をされていたのですか?

母:ほぼ毎日のようにクリニックに連れて行き、血液凝固因子製剤の注射をしてもらっていました。当時は息子の血管が細く注射するのが難しかったので、注射前に腕を温めて血管を浮き出すようにするなど、苦労しました。

一心さん:その頃のことは僕も覚えています。温かい水を入れたバケツにおもちゃをいくつか浮かべてもらって、水遊び感覚で腕を温めていました。

家庭輸注も輸注記録も最初から自分で始めました

――― 家庭輸注に移ったのはいつ頃からでしょうか?

母:小学校3年生の3学期だったと思います。

――― まずはお母さまが注射されていたのでしょうか?

一心さん:最初から僕がやりました。

母:私も主人もまだ小さい息子の血管に注射をするのが怖くてできなかったのです。その頃から息子は少年野球に参加したいと言っており、そのためには定期補充療法が必要であることを飯塚先生に言われていたので、悩みました。どうしても野球がしたいということで、息子が自分で注射を始めることを決意しました。ですが、実際に開始するまでには相当、葛藤があったと思います。

一心さん:クリニックで注射のしかたを教わって、自分なりに方法を覚えました。最初のうちは怖くて、何度も失敗しました。失敗すると痛いので、注射をするのが嫌になって、もう野球を辞めようと思ったことが何回もありました。でも、僕は諦めませんでした。たくさん練習して、小学校5年生になる頃には上手にできるようになりました。今では完璧です。

母:同年代の患者さんでは、保護者の方に注射をしてもらっている子が多いと聞きます。野球のためとはいえ、本当に頑張ってよくぞ自分でできるようになったなと思います。

――― 注射はいつしているのですか?

一心さん:週3回、お風呂に入って腕を温めてから注射しています。少年野球に参加できるようになったので、定期補充療法をしていて良かったと思っています。

母:輸注記録も自分で忘れることなくつけています。小さい頃から始めたので、習慣になっているようです。

一心さん:記録を始めてから今まで、ノート3冊分くらいになりました。

大好きな少年野球にもチャレンジしています

――― 少年野球はいつから始められたのですか?

一心さん:小学校4年生の3学期からです。仲の良い友達に誘われて、僕もやってみたいと思いました。

母:当初、私は猛反対しました。というのも私の兄も血友病で、兄が若い頃の出血の大変な記憶が鮮明に残っていたためです。野球なんてとんでもないという気持ちでした。一方、主人は、冷静に血友病のことを調べ、血友病の子でも野球ができるようだという情報を得ていたようです。こうした知識があってのことだと思いますが、「病気だからといってやりたいことを諦めさせてしまうのはかわいそうだ」と言うのです。私たちには娘ともう一人息子がおり、二人は健康でいろんなスポーツに挑戦していたので、主人の言葉にはっとしました。それで、飯塚先生や看護師さんにも相談のうえ、自己注射をしっかり自分ですることを条件に、少年野球に参加することを許可しました。

一心さん:少年野球に参加して良いと言われた時は、すごく嬉しかったです。練習は多い時は週4日ありますが、とても楽しいです。今はファーストを守っています。練習試合もよくあり、この前の練習試合ではランニングホームランを打ちました。

母:少年野球をしたいから自己注射をしっかり行っているという部分が大きいと思います。そのおかげで走ったりしても問題なく、体育の授業も今のところ制限なく参加しています。練習試合や大会の前には先生と相談して、必ず注射をしています。

――― クリニックの皆さまとのコミュニケーションはいかがですか?

母:息子が診断を受けた時からのお付き合いで、一緒に成長を見守ってきてくださった家族のように感じています。遺伝とはいえ、息子が血友病と知った時は本当にショックで、数ヵ月間は辛い気持ちが続きました。その時期を支えてくださったのもクリニックの皆さまでした。
 幸い息子は慎重派で、無茶なことはしない性格です。これまでに大出血もなく無事に育ってきています。自分のことは自分でする習慣も身に付きました。今ではこういう性格の一心だからこの病気が与えられたのでは、と思うくらいです。
 クリニックには毎週受診していたのが、最近では月に1回の受診で済むようになりました。クリニックの皆さまは、息子にあまり会えなくなって寂しいと言ってくださっています。

将来は医師になって
血友病患者さんを助けたいと思っています

――― 一心さん、将来の夢はありますか?

一心さん:飯塚先生みたいな医師になりたいです。血友病の患者さんの役にも立ちたいと思っています。

母:小さい頃から医師になりたいと言っていました。ずっとお世話になってきたからこそ、そう思うのでしょうね。こちらの看護師さんは、「お医者さんになったら私を雇ってよ」なんて言ってくれたりもします。頑張ってその期待に応えられるよう親としてサポートしたいと思います。

読者の皆さんにメッセージをお願いします。

一心さん:僕は野球がしたくて自己注射を始めました。最初は誰でも、自分で注射をするのは怖いと思います。でも、自己注射をしっかりやれば色々なことができると思います。皆さんも自己注射を頑張って、いろいろなことにチャレンジしてください。

母:私もそう思いますね。病気だからといって必要以上に制限を設けてしまうと世界が狭まってしまいます。それは息子だけでなく、私にもいえることです。少年野球を通じて息子の友達のお母さま方と知り合えたり、野球をする姿を見られたり、楽しみが増えました。
 私は病気のことは隠さないというポリシーです。オープンにした方が理解を得られるのでは、と考えています。それによる差別もないですし、むしろ気にかけてくださるようです。息子にも、どんな病気に対しても差別はしないよう教育しています。その甲斐あって、優しい子に育ってくれています。

――― 素晴らしいお話をありがとうございました。