ファインな仲間たち[ 体験談 ]思春期の患者さんとそのご家族
やりたいことをあきらめない
少しずつ自分で道を切り開いていきます

患者さん Tさん(18歳) お母さま(40代) T.T.さんは、日々受験勉強に勤しむ18歳の学生さんです。1歳を迎える前に第VIII因子欠乏症(血友病A)のインヒビターをもつことがわかり、幼少期は入退院を繰り返す日々が続いたそうです。お母さまとご本人から伺ったエピソードからは大変なご苦労が察せられましたが、Tさんはお母さまをはじめとするご家族やお友達・先生方からの温かいサポートを受け、一歩ずつご自身の人生を切り開く強い意志と前向きな性格をお持ちの方でした。

目次

生後3ヵ月で血友病と診断、しばらくは入退院を繰り返す日々でした

―Tさんが血友病とわかったのはいつ頃でしょうか。
 息子は口唇口蓋裂をもって生まれてきたので、生後3ヵ月で手術が必要だったのですが、その際の術前検査で血友病とわかりました。さらに手術の1週間後、抜糸の際にインヒビターがあることを知らされました。乳児の頃は何でも口に入れたがる時期だったので、口の中の出血がとても多く、歯が生えるときにさえ出血していました。一時は血液が気管に詰まり、救急搬送されることもあったほどです。ですので、当時は片時も目が放せないような状況でした。

―その頃はどのような治療をされていたのでしょうか。
 当時はバイパス製剤がまだ治験薬だったのですが、その薬剤を週3回投与していました。ただ、当時は血管が細くて腕からの投与が難しかったので、頚部に中心静脈カテーテルを留置し、3年間ほどはそこから投与していました。その後、小学校1年生位の時期にカテーテルが自然抜去されたので、それ以降は腕の血管から投与していました。
 でも、当時は肘の関節からの出血が多かったので注射は難しく、肘関節からの出血が少なくなった小学校5年生位から自宅での輸注を開始しました。今でも、バイパス製剤の定期投与を週3回の頻度で行っています。


滑膜除去のおかげで自分の足で歩けるようになりました

―小学校時代の生活について教えてください。
 入学当初は私が付き添って通っていましたが、こちらの自治体は学校支援制度が充実しており、サポートが必要な生徒には小学校2年生以上から先生がマンツーマンで付いてくださっていたため、安心でした。

―当時のTさんの症状はいかがでしたか?
 出血は変わらずあったのですが、出血する部位が幼少期とは変わってきており、小学校高学年になった頃から、膝や足首の関節からの出血が多くなりました。そのため、当時の主治医の先生の方針で、脚の保護のため車椅子での生活を始めたのです。

―でも、先ほど歩いて来られましたよね?
 3年ほど前に主治医が近くの大学病院の血液内科の先生に変わり、脚の出血に対して、安静のための車椅子生活から膝の滑膜除去をして自分の足で歩くように方針が変更されました。同じ大学病院の整形外科の先生に滑膜除去の手術をしていただき、その手術により状況は大きく変わったと思います。一昨年に右膝の、昨年には両膝の手術を行いました。
 手術自体は本当に小さな頃から何回も経験していたのですが、この滑膜除去術が本人にとって大変と感じた初めての手術だったようです。
Tさん 術後のリハビリを始めるタイミングが、すごく難しかったのです。タイミングが早すぎたら再出血してしまい、遅いと関節が固まってしまうのです。実際に、先に手術した右膝は術後4〜5日でリハビリを開始したのですが、少し固まってしまいました。それで、翌年は術後2日で開始したら、今度は出血が止まらなくなってしまい、何回も輸血を行いました。
 入院中に「出血しすぎて気分が悪くなってきた」というメールが息子から何度も送られてきて、気が気でなかったです。最終的に、止血剤を患部に直接投与して止血しました。
Tさん ただ、滑膜除去によって出血の回数が大幅に減り、今も週1回のペースで続けているリハビリのおかげで自分の足で歩けるようになりました。リハビリには3年間通っているので、理学療法士の先生とはよくコミュニケーションが取れています。
 :主治医の先生も、滑膜除去術によって歩けるようになったことを本当に喜んでくださいました。


今までも、これからも、やりたいことはあきらめません

―自分の足で歩けるようになるなど、Tさんの状態は年齢とともに変わってきたと思います。お母さまのお気持ちには何か変化がありましたか?
 小さな頃は、本当に「命を守るため」という気持ちでいましたので、過保護になってしまったようにも思います。ですが、中学生位から深く付き合えるお友達ができ、子供だけで行動させても大丈夫かな、と少しずつではありますが、安心できるようになりました。
 今年からは一人で塾に通えるようになり、その後ラーメンを食べに行くなど、ささやかな自由を満喫しているようです(笑)。

―Tさんは将来、どのような仕事をしてみたいと考えていますか?
Tさん :パソコンが好きなので、それに関連した仕事に就きたいと思っています。今後はIT関連のことを学び、学んだものの中からやりたいことをみつけられればと思います。
 僕は今までもやりたいことしかやっていません。とにかく、脚のことを理由にやりたいことをやらないということはしたくないのです。ですから、多少、脚が痛くても買い物には普通に行きます。病気があるからやりたくてもできない、とあきらめる血友病患者さんがいたら、やりたいことはやったほうが良いと伝えたいですね。
 実は最近、自動車の免許を取りました。親には反対されたのですが、周りの色々な人に力を借りて、最終的には親を説得しました。右足の可動域に制限があるのですが、ブレーキとアクセルは踏めるので、合格できました。嬉しかったですね。安全第一ですが、これからはもっと活動の範囲が広がると思うと、今からとても楽しみです。

―最後にお母さまから、患者さんや患者さんのご家族に一言お願いいたします。
 普通の子なら3〜4時間で終わる手術が、出血が止まらないために7〜8時間かかったり、小さな頃に済ませておく必要があった手術が大きくなるまでできなかったりという状況を経験してきた身として一番強く思うのは、「インヒビターさえなければ」ということですね。私は看護師なので血友病の治療が大きく進展したことは理解していますが、インヒビター保有者の治療については、特に息子に関しては、一刻も早くより良い治療法ができれば、と願わずにいられません。
 そして、血友病のお子さんをおもちのお母さま方に対して何か言えるとすれば、「一人で抱え込まないで」ということでしょうか。私もこれまでに、医療者やカウンセラー、学校の先生、患者会など何かあればすぐに相談したり、経験談などを聞かせてもらったりしていました。特に、小・中学校は病院のすぐ隣だったので、主治医の先生から何かお話がある際は、校長先生を含め、多くの教員の先生が立ち会ってくださいました。
 また、子供のお友達のお母さま方も私が家に閉じこもらないよう、「何かあったら学校の先生が連絡してくれるから」と言って、ランチに誘うなどして外に連れ出してくれました。
 ですから、暗い気持ちになることもあるかもしれませんが、そんなときは周りを巻き込んでください。皆さん、手を差し伸べてくれて光明が見えてくるはずです。
Tさん 母に感謝しているのはもちろんですが、父も、僕が小さい頃、県外の大学病院に入院しなければならないときは片道2〜3時間かけて運転してくれるなど、支えてくれました。姉も…(笑)。
 なんだかんだいって心配はしてくれているようです(笑)。

―素敵なご家族ですね。Tさん、お母さま、今日は大変すばらしいお話をありがとうございました。

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