特集
インヒビターについて学ぼう

「インヒビター」という言葉を耳にされたことのある方は少なくないと思います。
2014年6月に、日本で初めてバイパス止血製剤の定期投与の保険適用が承認され、インヒビター保有患者さんに対する治療効果や生活の質(Quality Of Life;QOL)の改善が期待されています。
そこで、今回、そもそもインヒビターとは、というところから、その原因、治療法の種類と有効性に関する最新データまでをまとめました。

「インヒビターについて学ぼう」目次

[監修]奈良県立医科大学 小児科
教授
嶋 緑倫先生



Q. 「インヒビター」って何ですか?

A. 補充した血液凝固因子製剤の効き目をなくしてしまう抗体のことです
 血友病患者さんの治療法の基本は、不足している血液凝固因子を補充する「補充療法」です。
 しかし、補充療法を続けていると、血液凝固因子に対する同種抗体(インヒビター)が発生することがあります。インヒビターは、せっかく注射した血液凝固因子製剤の効き目をなくし、止血しにくくしてしまいます。
 インヒビターが作られる原因は、体の「免疫」の働きです。血友病患者さんは遺伝的に体内で第VIIIもしくは第IX因子を作ることができないため、身体の外から注射された血液凝固因子製剤を自分以外のもの=敵として判断してしまうことがあります(図1)。敵とみなされた血液凝固因子を攻撃するために作られる武器、これがインヒビターの正体です。
 日本人の患者さんにおけるインヒビターの発生率は、治療歴のない重症血友病A患者さんで21〜32%、血友病B患者さんで3.5〜5.2%といわれています1)。また、血友病A患者さんでは、血液凝固因子製剤を初めて注射した日から50日以内に、血友病B患者さんでは180日以内にインヒビターが発生することが多いことも知られています。インヒビターは補充療法の効果を邪魔するので、血液凝固因子製剤を注射しても止血しづらくなった場合にはインヒビターの発生が疑われます。
図1:インヒビターが作られるメカニズム

Q. インヒビターが作られる原因は何ですか?

A. 遺伝的な因子がかかわっていることが知られていますが、それ以外の因子の関与も明らかになりつつあります
 これまでのインヒビターに関する研究により、血友病A患者さんにおけるインヒビターの発生には、第VIII因子の遺伝子変異をはじめとする遺伝的な因子が関与していることが明らかにされています。インヒビターの発生しやすさにかかわる因子をリスク因子と呼びますが、リスク因子としてほかに知られている遺伝的な要因には、家族の中にインヒビターをもっている人がいること(家族歴)、人種、免疫系の遺伝子などがあります。たとえば、家族歴では、インヒビターをもっているのが兄弟以外の親類である場合に比べ兄弟である場合のほうがインヒビター発生リスクが高いこと、人種によってリスクの高さに違いがあることなどが報告されています。
 そして、さらなる研究により、これら遺伝的な因子に加え、環境要因や治療要因などの非遺伝的な因子も関与する可能性が考えられるようになってきました。
 先ほども述べたように、インヒビターは自分以外のもの=非自己に対する免疫系の反応により作られます。しかし、最近になって、免疫系は非自己よりも体へのダメージ(危険シグナル)に対してより強く反応するという「危険シグナル説」が、インヒビター発生原因についての1つの仮説として提唱されるようになりました。
 体にダメージを受ける場合とは、大きな出血や外傷、手術などで、こうした状況もリスク因子の1つととらえられています。免疫系が活性化されているといわれる手術などの状況下で、非自己とみなされる血液凝固因子製剤を高い用量でまたは長期的に注射すると、インヒビター発生のリスクが高まる可能性があります。
 これに対して、危険シグナルのない状況下で低い用量の血液凝固因子製剤を定期的に注射すると、体が血液凝固因子に慣れて免疫反応が起こらず、インヒビター発生のリスクが低くなるといわれています。ただし、この危険シグナル説をインヒビター発生の原因であると示す証拠はまだなく、さらなる研究が必要です。
 医学の発展により、インヒビター発生にかかわる原因が少しずつ明らかになってきました。しかし、インヒビターは非常に多くの種類の遺伝的な原因や環境がお互いに作用し合い、複雑なプロセスを経て作られるため、わからないことがまだ多く残されています。

Q. では、インヒビター患者さんの止血治療にはどのようなものがあるのですか?

A. 患者さんのインヒビターの量や反応性によって異なります
 インヒビター保有患者さんは、血液凝固因子製剤に対するインヒビターの反応の強さによって2つのタイプに分けられます。血液凝固因子製剤を注射すると、それに合わせてインヒビターの量が増えてしまうタイプの患者さんをハイレスポンダー、それほどインヒビターの量が増えないタイプの患者さんをローレスポンダーと呼び、両者で治療法も異なります。
 ハイレスポンダーの患者さんには、バイパス止血治療を行います。ハイレスポンダーの患者さんの場合、注射する血液凝固因子のほとんどがインヒビターに攻撃されて効き目をなくしてしまいます。そこで、第VIIIもしくは第IX因子製剤ではなく、違う血液凝固因子製剤を使うルート(=バイパス)を使って出血を止めるというのがバイパス止血治療です。このとき注射する薬をバイパス止血製剤と呼び、現在は止血メカニズムの異なる2種類の製剤が使用されています。
 ローレスポンダーの患者さんには、多めに血液凝固因子製剤を注射し、インヒビターの作用をなくす(中和する)、インヒビター中和療法を行います。中和に使われずに余った血液凝固因子はインヒビターに攻撃されないまま残り、止血の役割を果たせます。
 一方、出血予防としては、バイパス止血製剤の定期輸注療法(定期投与)があります。この治療法は定期的にバイパス止血製剤を投与することですが、これに対して、出血したときに注射する治療法は出血時投与と呼ばれています。最近、定期投与と出血時投与の有効性を比較したデータが多く報告されるようになってきました(次のページで詳しく説明します)。
 インヒビター保有患者さんに対するバイパス止血製剤による治療は、多くの場合で有効であることが示されています。しかし、必ずしもすべての患者さんや出血の状況に対して効果があるというわけではなく、同じ患者さんに同じ製剤を投与しても期待したような効果がみられないことがあるなど、有効性にばらつきがあることが知られています。このばらつきの原因はまだ明らかにされていませんが、それぞれの患者さんの体質や製剤の性質などによるものと考えられています。
 こうしたことから、海外のガイドラインでは、バイパス止血治療においては、止血メカニズムの異なる2種類の製剤の両方を備えておくこと、治療を始めたら早い段階で製剤の有効性を評価すること、効果が不十分な場合は早めに製剤を変更することが推奨されています。

Q. インヒビターをなくす治療法はないのでしょうか?

A. 免疫寛容導入療法(Immune Tolerance Induction; ITI)があります
 ITI療法は、定期的に血液凝固因子製剤を注射することで血液凝固因子に体を慣らして免疫反応を鈍らせ(=免疫寛容)、インヒビターを作らせなくするというものです(図2)。この治療法は、インヒビターを消失させる可能性が期待できます。ただし、その有効性にはばらつきがあり、また、ITI療法を実施するにはインヒビターが一定のレベルまで下がっている必要があるため、主治医とよく相談のうえ行うことになります。
 以上のように、現在、インヒビター患者さんに対する治療法は3種類あるのです(表)。
図2:免疫寛容導入療法のメカニズム
表:インヒビターができた患者さんに対する治療

Q. バイパス止血製剤の定期投与に保険が適用されたと聞きました。その効果について教えてください

A. 出血回数の大幅な減少が報告され、関節症の予防やQOLの向上が期待されます
 2014年6月に、日本で初めてバイパス止血製剤の定期投与が保険承認されました。
 メリットとしてまず挙げられるのは、出血回数がゼロの可能性に近づけることです。海外の試験では、26人中16人のインヒビター保有患者さんの出血回数が50%以上減少し、そのうち6人で全く出血がなかったことが報告されています2)
 また、関節症についても、予防が期待されています。関節内出血の回数が減れば、関節症になる危険性も減ります。先ほどご紹介した海外の試験では、定期投与の関節内出血に対する評価も行っています。その結果、定期投与により、出血を繰り返す関節=「標的関節」での出血回数が出血時投与と比べ72%減少しました(図3)2)
 こうしたことから、バイパス止血製剤の定期投与によりインヒビター保有患者さんのQOL改善が期待されています。投与の際にはご自身の判断で投与量や投与間隔を調整せず、医師の指示に従うことが重要です。
図3:出血時投与と定期投与の標的関節出血※に対する有効性の比較

インヒビターについて詳しく知りたい場合は、担当医や看護師にご相談ください。

【引用文献】
1)日本血栓止血学会 インヒビター保有先天性血友病患者に対する止血治療ガイドライン作成委員会:
  インヒビター保有先天性血友病患者に対する止血治療ガイドライン 2013年改訂版. 2013
2)Leissinger C, et al. N Engl J Med 2011;365(18):1684-1692.

関連ページ:血友病インヒビターとは(ヘモフィリアステーション)
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