特集
成人の定期補充療法

目次

松下 正先生


名古屋大学医学部附属病院 輸血部
教授
松下 正先生




昨年、日本血栓止血学会の『血友病患者に対する止血治療ガイドライン』が5年ぶりに改訂されました。改訂のポイントは、定期補充療法の有用性が新たに明記されたこと。小児に限らず、希望すれば成人の重症患者さんが定期補充療法を行うことも推奨されています。
そこで、今回は『成人の定期補充療法』について、松下 正先生にご寄稿いただきました。

改訂ガイドラインでは、成人患者さんが定期補充を 今から始めることも推奨

 定期補充療法とは、凝固因子を長期間にわたり定期的に補充する血友病の治療法です。重症患者さんを中等症〜軽症の状態にして出血頻度を減らし、血友病性関節症の発症を防ぐ目的で行います。また、頭蓋内出血をはじめとする致死的な重症出血の予防も期待され、実際に予防効果があったとする報告もあります。

 定期補充療法の有用性をまとめると、チャート(1)のようになります。
 定期補充療法というと、乳幼児あるいは小児のうちに開始する治療法というイメージがあるかもしれません。しかし、『血友病患者に対する止血治療ガイドライン:2013 年改訂版』では、成人患者さんに対する有用性についても示されています。すでに血友病性関節症のある場合でも、定期補充療法を開始すると、 当該関節の出血頻度が減少したり、関節症進行の予防効果があることが、近年の研究でわかってきました。このため、重症の成人患者さんで希望があれば、定期補充療法を行うことが推奨されています。
 どのような方に成人定期補充療法が推奨されているのか、チャート(2)にまとめましたので、当てはまるかどうか自問してみてください。

チャート1、2:定期補充療法が推奨されるかチェックチャート

-海外研究に見る-関節内出血のインパクトについて

イラスト関節内出血のインパクトについて

 成人患者さんの場合、オンデマンド療法を行っている方もおられ、それ自体を否定するものではありません。ただ重症の場合、出血のインパクトが問題となります。出血にはどれほどインパクトがあり、出血予防に対して定期補充療法がどれほど有用なのか、ここからはガイドラインをいったん離れ、血友病領域で研究が進んでいる海外の文献を元に説明していきましょう。
 まず、関節内出血のインパクトについて。関節内出血が一度起きると、血液中の鉄成分が滑膜組織に沈着することが2009年の実験で証明されました。出血があるたびにこれを繰り返すと、滑膜は肥厚し絨毛化します(イラスト)。すると、さらに関節が出血しやすくなるという負の連鎖に陥ります。10 年、20 年、30年…という長期的視点に立ったとき、出血の繰り返しは避けたいものです。
 また、臨床上は明らかな関節出血がなかったにもかかわらずMRI検査では関節の骨や軟骨の損傷が確認された症例が見つかっており、自覚症状のない出血が知らぬ間に関節症を引き起こしている可能性もあります。
 このような繰り返す出血、自覚のない出血の対策として有用なのが、定期補充療法です。

-海外研究に見る-出血回数の低下は、老後のQOLにも好影響を与える

 2010 年には、オンデマンド療法と定期補充療法を比較した研究が報告されました。成人の重症血友病A患者20 名に対して最初の6ヵ月はオンデマンド療法を行い、次の6ヵ月は定期補充療法に切り替えて治療したところ、オンデマンド療法時には関節内出血が全部で15 件あったものが定期補充療法時には0件という結果になったといいます。同時に、関節機能の指標として用いられるギルバートスコアも大きく改善しました。
 またイタリアでは、18歳から72歳(中央値30 歳)の血友病患者54名に対して定期補充療法を開始し、4.2年間の経過をみた研究が報告されています。結果はチャート(3)〜(5)が示すように、オンデマンド療法から定期補充療法に変更することで、出血回数が激減し、検査・通院・入院回数も低下。治療の満足度が大きく向上し、社会活動が活発化していることが見て取れます。
 血友病患者さんの寿命は、昔と比べおよそ20 年も延びています。よりQOL(生活の質)の高い溌剌とした老後を送るためにも、治療の見直しを検討することが大切です。
チャート3:成人血友病患者におけるオンデマンド療法と定期補充療法の効果

あなたに適した用法用量を

 『血友病患者に対する止血治療ガイドライン:2013 年改訂版』の話に戻りますと、同ガイドラインでは小児の血友病Aの定期補充療法の標準的な用法用量を「凝固第VIII因子製剤を1回20〜50U/kgで週3回または2日に1回投与」としています。ただし、成人患者さんの場合は、個人差が大きく、小児と比べ回収率が高く半減期が長くなる傾向にあります。そこで製剤の反応性を調べるPKスタディ(製剤の注射後、採血して効果を調べること)を行い、また出血回数や仕事の内容、ライフスタイルも考慮しながら、患者さん個々に最も適した用法用量を設定することが必要です。
 定期補充療法の開始に年齢制限はなく、遅過ぎるということはありません。この記事を読んで興味を持たれた方は、ぜひ血友病の主治医にご相談なさってはいかがでしょうか。
チャート4:成人血友病患者におけるオンデマンド療法と定期補充療法の効果チャート5:成人血友病患者におけるオンデマンド療法と定期補充療法の効果

このページの先頭へ


成人患者さんの自己注射のポイント
荻窪病院 看護師
和田育子さん


東京・荻窪病院血液科は、最先端の血友病治療を行う日本最大規模の血友病センターです。同病院看護師の和田育子さんに成人患者さんの自己注射の留意点や、定期補充療法を開始する際のポイントについてうかがいました。

自己流になっていないか、いま一度確認を

 成人患者さんの中には、昔習った方法・手順で注射している方が少なくありません。この機会に治療を見直してみませんか。
 次に挙げる項目のうち、ご自分に当てはまる項目はありませんか?

(1)出血時の製剤量は、子どもの頃と同じ単位をそのまま投与している。
(2)投与量の計算式がわからない。
(3)製剤は高価だから、少なめに投与している。
(4)感染症が怖いから、製剤はどうしても必要なときしか使わない。
(5)注射の仕方は、医療者からではなく家族から教わった。
(6)不潔にしていない針や注射器を必ずアルコール綿で拭いている。

 (1)〜(4)に当てはまる場合、正しい量の製剤投与がされていない可能性があります。その場合、期待する治療効果が得られず、関節症が進み、将来的にQOL が下がるかもしれません。現在の製剤は安全性が高いので、必要量を使用してください。
 (5)や(6)は、あいまいな知識で不確かな手技になっている可能性があります。たとえば注射器は滅菌されており、不潔にしていないにもかかわらずアルコール綿で拭くことはかえって不衛生です。
 当てはまる項目があったら、ぜひ医師や看護師に相談し、最新の知識・正しい手技を身につけてください。

オンデマンド療法から定期補充療法へ、 成人患者さんが切り替える場合

 『血友病患者に対する止血治療ガイドライン』が昨年改訂され、当院でもオンデマンド治療から定期補充療法へ移行する成人患者さんが増えています。
 診察時に先生から成人の定期補充療法の有効性について説明を受け、興味を持った患者さんには看護師も、「どのようにしたら、うまく定期補充療法を導入できるか」を一緒に考えます。患者さんによって生活パターンも性格も異なりますので、その方に合った方法を模索します。
 患者さんがオンデマンドで注射している回数は平均週1〜2回。それなら定期補充を週1〜2回から始めれば同じです。しかも出血による痛みを感じてから輸注するのではなく、先に輸注しておきませんか? そんな説明をすると、患者さんも「週1回ならできそう」と思えます。
 仕事中の出血防止を重視して、月曜日の朝に定期投与したいと考える方、出勤前の朝は気持ちに余裕がないので休日の朝にしたいと考える方、自分で納得できる方法を見つければよいのです。週1回でも定期補充療法を始めると、患者さんは出血が減るのを実感します。効果を実感できたところで、回数を増やすなど次の段階をまた一緒に考えます。同じ患者さんから体験が聞ける患者会も、定期補充療法に踏み切るよいきっかけになっています。

高齢患者さんの場合は、サポート体制も検討を

 高齢の患者さんの場合、自己注射の失敗率が上がる傾向があります。視力の低下や血管が逃げる、血管が細くなった、血管が硬くなった、などさまざまな理由があります。定期補充療法に切り替える場合は自己注射だけにこだわらず、次のようなサポート体制を用意することも必要です。

(1)近所のクリニックとの連携製剤を持参したら注射してもらえる近くのクリニックを用意しておくとよいでしょう。血友病の主治医に紹介状を依頼しましょう。
(2)訪問看護師の活用訪問看護師に自宅に来てもらい、注射をしてもらう方法もあります。
(3)親族による家庭輸注同居・近居の家族に注射を覚えてもらい代わりに注射してもらいます。

定期補充療法を生活に組み込むために

 定期補充療法を継続させるためには、不安や疑問が出たときに、遠慮せずに何でも医師や看護師に相談することが大切です。
 また、1〜2年に1回程度は血友病を専門とする病院にも通院するとよいと思います。たとえば専門病院は、他病院に通う患者さんの専門的な診療や検査、自己注射指導を受け入れており、患者さんが普段通っている病院と専門病院でネットワークを構築し、情報交換しながら最新の治療を行うことができます。一部の病院では臨床心理士やMSW(メディカルソーシャルワーカー)が、患者さんの悩み相談にも対応しています。来院時に紹介状、採血のデータ、輸注記録などがあれば経過がわかるためスムーズですが、それらがなくても受け入れ可能です。関心のある方は、専門病院にぜひお問い合わせください。

このページの先頭へ