“ファイン”な仲間たち[ 体験談 ]高校生の患者さんとご家族の体験談
〜幼稚園時代から一度も定期補充を欠かさず、スポーツに熱中!

池田卓也さん(仮名)は、小中学校時代はサッカー、高校では弓道に明け暮れる日々を送るスポーツ少年。 スポーツに打ち込めるのは、2日に1 回必ず製剤の定期補充を行い、 打ち身などに対しては適切な処置を行っているからです。 しかし、ここまでに至るにはいろいろな葛藤もあったようです。

目次

病気をマイナスととらえず、プラスに変えていく!

―『ファイン』編集部 卓也さんが血友病であることは、いつわかったのでしょうか?
 3歳の時です。ジャングルジムで遊ぶと足にあざができるようになり、なかなか治らないので近所の整形外科に通院しました。それでも治らず大きな病院を紹介され、血液検査を受けて初めて病名がわかったのです。
 頭が真っ白になり、しばらくは落ち込みました。病院で注射のたびに大声で泣くのが本当にかわいそうで、胸が締めつけられそうになりました。ところが数ヵ月後のある日を境に、卓也は注射をされても泣かずに我慢するようになったのです。その姿を見て「この子が頑張っているのだから、私も頑張ろう。私がこの子を守らなくては」と気持ちが切り替わりました。そして、病気をマイナスにとらえずプラスに変えていこうと固く決意しました。

――家庭輸注を始めたのはいつですか?

 5歳になってすぐです。それまでは、週1回程度病院で注射をしていました。痛みが出た時にも、駆け込んでいました。私自身が注射に苦手意識があったため、その練習にはとても苦労しました。通っていた病院だけでなく、血友病の包括治療を行う少し遠方の病院でも指導を受け、徐々に習得していきました。
 家庭輸注と同時に週2回の定期補充療法を開始し、様子を見ながら週3回に増やしました。定期補充療法に切り替えて何よりよかったことは、痛みが出なくなったことです。それまでは四六時中心配していましたが、その心配から解放されたことで精神的な余裕が生まれました。

――卓也さんはいつ頃、病気のことを自覚したのですか?

卓也さん 小学校に行くようになってからだと思います。注射をしていたので、自分が特別な病気であるということは自覚していました。
 自己注射は小学校5年生の時、学校行事の宿泊研修をきっかけに始めました。2泊3日なので初日に家で注射を打っても3日目に宿泊先で打たなければなりません。それで、自分で打てるよう夏休み中に5日間の教育入院で指導を受けました。最初はパッケージから取り出す時に間違って指を針で刺してしまったりしましたが、最終日には自分でできるようになりました。
 「私が研修先に注射をしに行こうか」と聞いたら、頑なに拒まれて…(笑)。でもそれが自分でやろうという動機づけになったようです。



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親子で乗り切った、壁

――小・中学校の学校生活はどのように過ごしたのですか?

卓也さん 特別なことは何もなく、普通に過ごしました。小学校4年生から中学3年の夏までは部活で好きなサッカーをやりました。走るのも、ヘディングも、力をセーブすることなく思い切り練習しましたが、大きなケガはまったくありませんでした。年5、6回くらいどこかを打って内出血しましたが、患部を冷やして注射をいつもより多く打ち、安静にすることで切り抜けてきました。
母 内出血して、痛みが出た時は翌日学校を休ませました。通学で無理に歩いて治りが悪くなるくらいなら、1日休んで、安静にしていた方がよいと臨機応変に考えたのです。
 学校では、卓也が血友病だということは先生以外にはお話ししていません。幼稚園でこの話が少し漏れた時、幼稚園のお母さん達がよそよそしくなったのを感じて以来、口外しないと決めたのです。内出血で休ませる時も学校の先生に心配をかけたくなかったので、「頭痛のため」と連絡していました。

――部活でスポーツを選ぶことに心配はありませんでしたか?

母 心配でしたが、主治医の先生が後押ししてくれました。部活をさせる以上は親の責任として、定期補充の日の朝は必ず家事の手を休めて、注射を見届けています。でも実は中学の部活が始まって2〜3ヵ月たった頃に一度、壁にぶつかったことがあります。
卓也さん サッカー部は放課後の練習以外に朝は4キロのランニング、土日も結構練習がありヘトヘトに疲れるので、朝は10分でも多く寝ていたいんです。注射の日は30分も早く起きなければならず、それが嫌になり、その日は注射をしないで学校に行こうと思ったんです。
母 「出血もないのに、何で注射をしなければいけないのか。したくない!」と泣き出して…。それを聞いた時は、何と言ってやればよいのか悩みましたが、今の製剤ができる前の世代の患者さんたちの関節症の話をしました。「あなたは幸せなの。この先も障害を持たないように、私が守るから一緒に頑張ろう」と、泣きながら話しました。卓也もハッと気づいたみたいで、それ以来、文句を言わず注射をするようになりました。あの時、一つ悩みを乗り越えて、成長したと思います。
卓也さん 正直に言うと今でも注射は嫌々ながら、です。でも血友病であることは、もうどうしようもないことなので、とりあえず治療は頑張ろうと思っています。結局、その日も含めて2日に1回のペースはきちんと守っています。

―― 先程、「マイナスをプラスに」と話されましたが、プラスになっていると感じることはありますか?

母 卓也は自分が苦労をしている分、精神的に強くなっているし、人の痛みがわかる子に育っていると思います。周囲から「卓也くんは優しいね」と言ってもらえるのは、親としては本当にうれしいです。

――卓也さんも高校生。今後はどのようにサポートしていかれますか?

 この分野の医療の進歩は目覚ましいので、本人と一緒に勉強を続けながら問題に直面した時に一つひとつ乗り越えていけるようサポートしたいですね。また今後は、同じ立場で相談できる相手がいると心強いので、患者会にも参加して、横のつながりを作ってほしいと思っています。

――最後に卓也さんから同じ病気の患者さんへメッセージをお願いします。

卓也さん 自分が血友病だということを嫌だと思っている人もいると思います。でも「嫌だから注射しない」ではなく、嫌だとしても定期補充だけはきちんとやってほしい。そうすれば普通の人と変わらない生活ができるのです。血友病だから激しい運動ができないと思っているかもしれませんが、僕のようにサッカーをやることも定期補充をしていれば可能です。
 僕は2軍でしたがそれでも楽しかったし、走りやドリブルの上達を自分で実感できたので、サッカーをやってよかったと思います。高校に入った今は、勉強と両立できる部活として新たに弓道にチャレンジしています。好きなスポーツをあきらめずに、挑戦してほしいと思います。

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