特集:アドヒアランスについて知ろう!

治療方針を決定する際、患者さん自身が積極的に参加し、その決定に沿って治療を受けることを“アドヒアランス” と言います。患者さんがご自分の病気を理解し、治療に主体的に関わることで、より高い治療効果が期待できるとされています。今回は、血友病治療における「定期補充療法」を考える際に欠かせないアドヒアランスについて、医師・薬剤師・臨床心理士の先生方それぞれの立場からご意見をうかがいました。

「特集:アドヒアランスについて知ろう!」目次

日笠聡先生
兵庫医科大学病院 血液内科 講師
日笠聡先生

はじめに

 近年、重症型血友病患者に出血の有無にかかわらず凝固因子製剤を定期的に投与(定期補充療法)することによって、関節障害の発生頻度が非常に低くなることが明らかとなり、小児・若年の患者に対して積極的に定期補充療法が行われています。すでに欧米のガイドラインでは定期補充療法が重症血友病患児に対する標準的治療として推奨されており、現在改訂中の我が国のガイドラインでも小児重症血友病患者にはできるだけ早期に定期補充療法を開始することが推奨される予定です。
 一方、小児期に開始した定期補充療法をいつまで継続するかについて、英国のガイドラインでは、「重症血友病の青年および成人患者は、少なくとも身体的に成熟するまでは定期補充療法を継続することが奨励される」とされており、米国National HemophiliaFoundationも「定期補充療法を何時中止するかについての明確なガイドラインはないが、関節出血とそれに続く関節破壊は、(重症)血友病患者生涯の問題であるため、生涯にわたる定期補充療法によって、その利益も継続されると考えられる」としています。
 しかしながら、少年期に比較し青年期以降は、骨、筋肉の発達の安定化、体重の変化と運動量の減少、本人の病識確立による危険行動の減少などによって、出血の頻度は減少する場合が多いようです。また、凝固因子の生体内半減期は年齢とともに延長するため、青年期以降は定期補充の間隔が開いても、小児期よりは出血しにくくなります。このため、一部の患者は定期補充療法の減量・あるいは中止(出血時投与への切り替え)が可能であると報告されており(図1)、結局、定期補充療法をいつまで継続するかについての結論は得られていません。

定期補充療法の遵守率

 小児期に定期補充療法を開始された患者は、思春期を迎える中学・高校生の頃から定期補充の遵守率が低下する傾向があります。
 血液凝固異常症のQOL調査(平成23年度調査報告書)によると 、定期補充療法の遵守率が90%以上の人の割合は、5歳以下では9割を超えますが、年齢とともに徐々に低下し、10歳台では7〜8割へと低下することが示されています(図2)。
 この遵守率の低下は、単に思春期特有のいらだちや反抗心だけから発生するものではありません。前述の通り、青年期以降は定期補充の間隔が開いても、小児期よりは出血しにくくなるため、遵守率が低下しても特に不都合が起こらない場合がしばしばあり、これが遵守率低下の誘因になっていると考えられます。一回たりとも定期補充が遅れると必ず重大な出血をきたすのであれば、遵守率は低下しないはずだからです。

小児期からの定期補充療法施行者の特徴

 小児期からの定期補充療法施行者は、過去の出血およびその治療経験が少ないため、これまで出血時補充療法をしてきた成人患者よりも、出血しやすいという自覚が少なく、出血を予想する発想が乏しい傾向にあります。また、出血を早期に感知する力も低く、出血の治療に不慣れです。このため、遵守率が低下した時期に、思わぬ重症の出血をきたしたり、標的関節が形成されたりする場合があります。遵守率低下は出血頻度の増加をもたらしますが、その出血が重症化するかどうかは、出血時の初期対応や出血前の予備的補充療法の有無にも大きく依存します。定期補充療法施行中に重症の出血が認められた場合には、出血の原因と共に、遵守率の低下の有無とその原因、出血前の投与状況、初期対応の不備の有無などを確認して対策を考える必要があります。

再学習の必要性

 血友病の出血症状と補充療法についての基礎的な知識は、まず小児期に製剤輸注を行う家族へ医療従事者から教育されます。その後成長とともに、輸注は家族から本人へと移行しますが、この時期はちょうど受験準備やクラブ活動などで忙しい時期でもあり、患者本人が病院に受診せず、家族だけが来院して製剤を処方してもらう機会が増加する時期でもあります。このため、自己注射については主に技術面を家族から習得しただけで、理論を含めた自己注射教育が医療従事者から本人に充分なされていない場合がしばしばあります。
 また、本人が自己注射教育を受けた場合でも、定期補充療法によって出血が抑制されていれば、出血症状と補充療法についての知識をあまり使う必要がありません。このため、せっかく習った知識を時間とともに忘れてしまうことも考えられます。

(図1)(図2)

 定期補充の遵守率が低下しがちな年齢になったら、重症の出血症状や標的関節の形成を防止するために、
(1)定期補充は継続する方がよい
(2)どうしても中止したいなら、まずは輸注間隔の延長から試す方が安全
(3)定期補充療法を減量したり中止したりするといつかは必ず出血する
(4)出血が予想される行動とは?
(5)出血の初期症状はどのようなものか?
(6)予備的補充療法の重要性と方法とは?
(7)出血時の補充療法(早期初回投与と連続投与)は?
(8)出血が多ければ定期補充を再開すること、
の最低8項目について、患者本人の知識の確認・再教育が必要と考えます。

冊子『定期注射っていつまでするの?』*

定期注射っていつまでするの? この冊子は、遵守率が低下した場合にも安全に生活できるように、出血の予防、治療についての基礎知識を再学習するように促すことを目的に作成しました。タイトルを「定期注射っていつまでするの?」としたのは、「血友病の基礎知識を再学習しよう」的なタイトルよりも、「定期注射っていつまでするの?」というタイトルの方が、手にとって読んでくれる若者が多いだろうと考えたからです。この冊子の中にはタイトルに対する明確な解答は書いてありませんが、この冊子をきっかけにして、患者本人の知識の確認や教育・学習の必要性を、医療従事者にも患者本人にもご家族にも認識していただく機会ができれば幸いです。
* 冊子『定期注射っていつまでするの?』は、かかりつけの病院でお受け取りください。

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「アドヒアランス」と「コンプライアンス」
東京大学医科学研究所附属病院 薬剤部 薬剤師
宮崎菜穂子先生

 

「アドヒアランス」と「コンプライアンス」言葉の意味を知りましょう!

 今回のテーマである「アドヒアランス」という言葉を、皆さんはご存知でしょうか。
 私たち薬剤師は、患者さんが薬を服用することに対し、「コンプライアンス」「アドヒアランス」などという言葉を使って話をすることがあります。
 「アドヒアランス」「コンプライアンス」……この2つの言葉は、ちょっと意味が違います。
 「コンプライアンス」は直訳すると「遵守」で「指示を守ること」に重点が置かれています。
 一方、「アドヒアランス」の直訳は「固守」です。自分の意思を固めて決めたことを「守る」という、「能動的な治療への参加」の意味が含まれ、近年、多くの医療現場で使われています。
 ひと昔前は、「患者さんは、医療者の言うことに対し、疑問を持たず指示に従う」という時代でした。しかし、それでは、主役である患者さんの意思が置き去りになってしまいます。近年、「アドヒアランス」という言葉が使われるようになった背景には、「医療者は患者さんが納得のいくように説明をし、その上で、患者さん自身が治療への参加を決定する」という、「患者さん本位の意思決定」を尊重した時代への変化を反映しています。

「能動的な取り組み」と「守るべきルール」__どちらも大切です

 血友病治療にあてはめると、「アドヒアランス」は、関節内出血などを予防するために、定期輸注を勧められて「自分の意思で決定」することや、それらを「実行する」そして「続ける」ことになります。
 しかし、医薬品を使う上では、自分の意思とは別に、あらかじめ決められている「遵守」すべき事項もあります。血液凝固因子製剤に関しては、因子活性を上げるために必要な量を守ることなどです。これらは、「コンプライアンス」に相当します。(図)

(図)

納得の医療は「質問」から。薬剤師にも聞いてみて

 子どもの頃から定期輸注が習慣になっている方の中には、今さら「自分の意思で決定」と言われてもピンとこない方もおられるかもしれません。
 ぜひこの機会に、自分の治療はなぜ必要なのか、方法や知識は合っているのか、どうしてこの薬なのか、なぜこの量なのか等、…よく分からないところ、もやもやしていることがないか振り返ってみて、「質問する」ところから始めてみてはいかがでしょうか。そして、薬のことに関しての質問は、薬剤師にも遠慮なくたずねてみてください。

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皆さんの『製剤を投与する』意味ってなんですか?
静岡県立こども病院 診療支援部 心理療法室
石貝恭子先生(臨床心理士)



『製剤を投与する』意味はひとそれぞれ

 臨床心理士の立場から患者さんのアドヒアランスを考えると、患者さんが『製剤を投与する』ことにどんな意味を感じているか、ということが重要な要因のひとつであると思います。
 皆さんは『製剤を投与する』ことに、どんな意味があると思いますか?
 『出血や関節症を予防するため』でしょうか?
 お医者さんも『出血を予防するため』と言うかもしれませんね。でもわたしは、『製剤を投与する』ことの意味は、皆さんそれぞれ違うものだと感じています。
 皆さんから多く聞かれるのは、製剤を投与することによって『安心感が得られる』ことです。これも、製剤を投与することの重要な意味だと思います。
 他にも、患者さんやご家族から、いろいろなお話をうかがいます。「製剤を打つと、力がみなぎるっていうか、いつもより元気に学校へ行ってくるような気がするんです」と言っていたお母さんもいました。一方で、「製剤を打つと、なんか自分に負けた気がする。だからあんまり…」と言っていた高校生もいました。
 中学、高校の時期は、それまでと同じように自分と向き合うことが難しい時期です。今まで当たり前だと思っていた価値観や習慣に疑問を持つ時期でもあります。ずっと定期補充療法をきちんと続けていたのに、最近はサボるようになったという話が出てくるのもこの時期に多いようです。
 また、定期補充療法は効果が目に見えるわけではないので、具体的なメリットを実感できる機会は多くないかもしれませんね。モチベーションを維持していくことも、簡単にできることではありません。

ときには、立ち止まって考えてみても

 しかし、患者さんが製剤を投与しないことが続くと、周囲は心配になるものです。そのまま温かく見守ることができたら…と思いますが、実際はなかなか難しいですね。
 ご家族は、“もし、ケガしたら…”や“関節の状態が悪くなってしまったら…” と、いつもより不安になるのではないでしょうか。あるいは、“自分のからだなんだから…” や“自立してもらわないと” と、やきもきするかもしれませんね。
 その不安な気持ち、イライラした気持ちを、そのままお子さんや患者さんにぶつけてしまっていませんか?
 つい、口うるさくなって過干渉になってしまうのも当然のことだと思います。“注射しなさい” や“どうして注射しないの?” と言いたくなるかもしれません。そんな時こそ、“どうして製剤を投与しないのか” という直接的な追及はひとまず置いてみてください。患者さんもご家族も、少し立ち止まって、一緒に考えていきましょう。

言葉にして、誰かに伝えることも大切

 『製剤を投与する』ことは、皆さんにとってどんな意味があるのでしょうか。今どんな気持ちなのか言葉にしてみたり、誰かに伝えることで、今まで見えていなかったことに気づくかもしれません。
 自分の気持ちをわかってくれる人がそばにいるということは、心強いことです。まずは、病院のスタッフ、他の患者さんやご家族に相談してみてはいかがでしょうか。

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