冊子「Friends」

【血友病体験談】自分でできる?家庭治療・自己注射〜仲間・先輩から

仲間から先輩から

製剤選び
これをうちますと言われて、結果的に製剤が決められた人もいますけど、私は事前に説明を受けて、選択することができました。でも先生から一度話を聞いたぐらいでは、何が良いのかなんて、素人にはよく分からなかったのが本当のところ。看護師さんやカウンセラーさんとも話してて、少しずつ分かってきたんですが、私にとっては4つポイントがあると思ったことです。ひとつは注射液の量。小さい子は長い時間、じっとしていられません。まして注射する時には暴れるのが当たり前。とすれば量は少ないほどいいと思いました。大きくなってうつ量が増えて何本も使う場合も安心です。と思ったら、多くの仲間のお母さん、先輩患者さんが言うんです。「メーカーの人は十分って言うけど、やはりルート(針と注射器の間にある細いホース)に製剤が残っているともったいない、少しでも入れたいって考えちゃうんだよね。それに最初に気泡を注射針の先から出す時に漏れる注射液が多くなると、あとで単位数が足りてるか不安に思っちゃう。だからあまり少なすぎても不安になるよ」。どうやら取り扱う上では少なければ良いというものでもなさそうでした。ふたつ目が安全性。各メーカーが力を入れて、次々と改良しているのが分かりました。実績ある血液由来、進歩が期待できる遺伝子組み換え製剤、それぞれセールスポイントがあるようです。やはり昔より安全性への工夫がされているのでしょう。ただ先生方に言われたのは、「現在の医学で安全性が確保されているとはいえ、むやみに製剤を変更するのは、万一の危険を考えればお勧めできません」。様々な経験をされている医療機関なので、この点で替えることのリスクもあるのだと知りました。三点目は保存方法や持ち歩きの利便性。患者にとって製剤は常備薬。よりコンパクトで、常温保存できて、「有効期間(使用期限)」の長い方がいいのは当たり前です。仕事、研修、旅行や外出等、常に持ち歩く場合もあるかもしれません。注射器や駆血帯、保冷剤を含めた大きさ・重さ、保存方法を考えました。それも数回分を持ち歩くことを考えると小さくて軽いことは大事です。最後が入手のしやすさや供給の安定性です。どんなに良い薬でも特殊な病院でしか手に入らないようなら、もしもの旅先や引っ越し、転勤の時に困ってしまいます。品切れはもっと困ります。このあたりも先生には何度となく確認したところでした。蛇足ですが、溶かし方の簡便さも考えましたが、これは慣れの問題もあるし、キャンプで1〜2回体験したぐらいで比較できそうもありませんでした。こんなことを考えながら、今の製剤に決めました。何かの参考になれば幸いです。 母(12歳)

滑膜炎
はじめに滑膜炎と言われた時・・・ショックで親としては呆然とした。本人も学校を休みがちになってしまって家族で落ち込んでいた。そんな時に患者会仲間のお母さんから電話があって、そのお母さんに「うちもよ」と言われたら、何かとてもほっとした。勉強して知っているつもりだったが、初めて自分の子に降りかかった事態には、戸惑ったり、混乱したりするもんですね。 母(12歳)

無理のレベル
36歳。12歳から自己注射をしています。最初は行動の制約がなくなったことに喜び、注射をすれば良いと考えて無茶をすることがありました。私の場合、自己注射は抑制力の一つに過ぎず、無茶は禁物であることを自覚するのに時間が掛かった気がします。自分が無茶をしていると実感したのは、海外生活が終わって帰国し、現在の病院に通いはじめ、先生方のお話、および患者会報に掲載される患者さんのエピソードがきっかけでした。私は仕事の無理などの影響で体調が怪しいと思った時、および実際に関節が痛くなった時などに自己注射しており、個人的には、定期的に投与しておられる方々は比較的症状が安定していると思い込んでおりました。しかし定期的に投与しておられる方々も様々な不調を経験するという点を知り、血友病特有の症状がデリケートな性質のものである事を次第に認識するに至りました。以後、自分が無理をしている状態かどうかを、より注意深く考えるようになりました。結論として、自分の従来の考え方とは異なる考え方に接したのは、病院の先生方そして患者団体の交流のおかげと感じております。症状に個人差があるため、出来るだけ多くの方々、そして多くの考え方に接する事が最も大事だと考えております。今はなるべく過去の注射記録を見直し、注射回数の多い時の理由を考えるようにしています。成人しておりますし、社会的な責任もあり、無理をしない生活は不可能ですが、仕事や家族としての責任を果たすという事柄を「血友病」というオブラートでくるんで考えるようにし、「無理のレベル」を少しでも下げることができるか、考えるようにしています。現在の日本では血友病医療に対する国の援助が手厚く、ほぼ無料で製剤を入手出来る恵まれた環境にあります。製剤の自己注射と病院でのアドバイスを適切に利用する事により、現在小さなお子さんは、関節へのダメージを最小限に抑える事が可能となり、普通に近い生活を送る事が可能です。血友病は難病ではありますが、対処可能で、上手に対処すればする程、効果が顕著に現れる事がほぼ実証されています。悲観的になる気持ちを、将来への明るい見通しに置き換える事が可能となり、クオリティ・オブ・ライフも向上すると確信しております。 本人(36歳)

未だに出来ません
俺は軽かったんで、10歳の時に抜歯で血が止まらなくて、医者をさんざん巡って、ようやく診断がついた。それまでは血尿が少しあったぐらいで、診断がついた後も全く出血らしい出血はなくて、血友病を結構甘く見てて、無頓着だったし、無茶もしてた。で、17歳の時に腸腰筋出血で入院して、はじめて大変なことになるんだと知らされた。今は自動車整備の仕事をしており、身体的にはきついが出血は少ないから、何とかなってるけど、最近、年のせいか血尿も出やすくなっている気もする。実は未だ注射ができなくて…多くなったら近所の医者に毎回行くのも骨なんで、インターフェロン治療開始で入院するから、その時ついでに教えてもらおうと思ってる。 本人(39歳)

血管を長持ちさせる秘訣
自己注射は12-3歳ころから始めました。39歳です。家庭治療ができなかった時には、その都度通院したり入院したりしていました。家庭注射になってからは出血初期に投与できるので、痛みがひどくならないうちに対処できるし、通院時間にかける時間も減りました。ただ親にしてもらっていたので、親がいないとできないというのはとても不便で、その不便さから自己注射でするようになりました。自己注射できるようになってからはかなり行動範囲も広がり、自分自身の都合に合わせて予防投与もできるなど、よい事がたくさんありました。やはり苦労したのは、最初のうち(今でもときどき)はうまく血管に針が入らなかったことと、自宅外で投与する時の場所です。血管確保について、暖かい時期に血管が見えない時は、腕を下にさげて、血管が浮いてきて(見えてきて)から駆血帯をまいています。寒い時期はどうしても血管が出てこないので、お風呂に入って体が温まった後にするとか、お風呂に入れない時には、洗面所でやや熱めのお湯をためて、ひじから先を入れて温めたりといった努力をしています。私の場合は、左右の肘と右手の甲にそれぞれ1〜2本の比較的見えやすい血管があるので、たぶん人より選択肢も多いのかなと思いますが、血管を長持ち(?)させるために、なるべく続けて同じところには打たないようにと思っています。しかし、あまりにも血管が出なかったり、急いでいたりすると、入る確率の高い血管を続けて使ってしまうこともあります。どうしても打つ頻度が高い血管とそうでない血管があるので、時間的精神的余裕がある時にはなるべく打ちにくい血管を使うようにしています。注射するタイミングですか、家族以外の人との旅先では、ホテルの部屋で一緒の人たちが入浴している時などに投与する。本当に場所がなかった時には、持ち歩く時のセットの中にきれいなビニール袋とアルコール綿を余分に入れておき、トイレの個室にあるおむつ交換台?に敷いて、打ったこともありました。今では「なにかあったらどうしよう」というような不安はなくなり、自分自身でコントロールできるようになったのでなんでもできるようになりました。ありきたりの感想ですが・・・ 本人(39歳)

忘れないように
軽症でほとんど出血はしていない。最近でこそ、少し増えたが、昔、注射は1年に1回あるかないかぐらい。大工じゃないんですけど、金づち振るったり、重い物を運ぶ仕事をしているので、結構あちこちぶつけるが、意外に大丈夫ですね。自己注射は覚えたものの、そんな具合なので、要領を忘れがちです。忘れないためには、しんどい仕事が入る前、何カ月ごとには「予備的補充療法」ってやつをした方がいいとは言われてます。 本人(40歳)

正反対になったのはいつ?
私は自己注射が認められた1983年に、今の病院に移って、すぐにはじめたのでした。当時、既に27歳の自分には自己注射で特に苦労するようなことはありませんでした。それまで、こんなことができるようになるなんて思っていなかったので、まるで夢のようだと感じていたことは憶えています。しかし中学生頃までに足を既に悪くしていたので、歩き方や関節状態まで改善することはできません。もっと早く認可されていたらと思わなくもありませんが、それまでは血友病患者が体を鍛えるなんてことは全く頭にはなく、とにかく安静、とにかく動くなと普段、言われていた時代です。今は血友病であっても筋力アップさせて、関節の負担を減らそうというわけですよね。どのへんで正反対に変わったのかな。 本人(52歳)

2000単位!?
昔の製剤は確か10とか20単位ぐらいだったと思います。そしてもっとよく効く濃縮製剤へとかわっていきました。でも出血して初めて濃縮製剤をうってもらった時は大変でした。病院からの帰りに真っ青になり、気持が悪くなって電車を降りる羽目になりました。不純物が多かった当時の製剤は急速にうつと気持ち悪くなることもあったんですが、それが原因ではなかったと思います。濃縮製剤の単位数は200,250か500かはっきり憶えていません。でも、それ以前と比較すれば10倍以上の単位数をうったことになります。今、考えるとそれで血管に入ったとたん、血が固まりそうな気がしていたんです。だから気持が悪くなったんです。今は1本で2000単位の製剤がでています。2000単位なんて、さらにその10倍ですよね。あの頃の自分が聴いたら、こんな単位数を自分が一度に打つなんて絶対信じないと思います。 本人(49歳)

参考:
Friends「自分たちでしよう」編(小島賢一)(バクスター)